"みどりのもりのよるに"



轟々と叩き付けて来た。
それは『雨』と言うより、襲いかかる水の粒達だ。
荒れ狂った夜の嵐はその粒達を、右から左から、力任せにぶつけて来る。
メイは、やっとの思いで丘を滑り降り、小さな洞窟に潜り込んだ。
暗闇の中で、メイは体を休め、じっと、嵐の止むのを待つ。
「はあ。今夜は天気がいいって閑古鳥さんが言ってたのに、すっかりずぶ濡れになっちゃったな。              せっかく、フカフカ谷にいる頃よく食べた、美味しくって珍しい木の実をこんなに集めて来たのに……。            ガブ、心配してるかな……」


ちょうどその頃。
「ぅひぇ〜、見事に降られたでやんす。キツネの奴、今夜は晴れるだなんて抜か
しやがって。はぁ。ゆうべ、月の様子を確認しなかったのがいけなかったんでやす。
そうすりゃ今日の天気だってバッチリ……。いや、過ぎたことは仕方がない。
とにかく、雨宿り出来る所を探さなけりゃ」
途中で足を挫いたガブは、木の枝を杖に、雨の中なんとか歩いていた。

コツン ズズ、コツン ズズー。
静かな洞窟の中に、硬いものを叩く音が響いてきた。
誰かが洞窟に入って来た様だ。
メイはそっと耳を傾ける。
これは……、蹄の音だ。一体誰だろう。
……ハッ。この音は、山羊の蹄の音だ。そうに違いない。
鹿さんはもっと硬い音がするし、猪さんはもっと太くてドッシリとした音だもの。
第一、さっき自分がこれと全く同じ音をたてて歩いて来たんだ。間違いない。
「すごい嵐ですね」
メイは、囁く様に声をかけた。
と言っても、風邪を引いたのか、かなりのしゃがれ声になっていたが。
「おや、こいつは失礼しやした。真っ暗でちっとも気がつきやせんで」
ガブ?しゃべり方で、メイは一瞬そう思った。
けど、ガブはこんな声じゃない。
確かに普段から涸れた様な声だけど、こんなに低くて図太い声ではないんだ。
「私も今、飛び込んで来たところですよ。もうずぶ濡れです」
メイ?しゃべり方で、ガブは一瞬そう思った。
けど、メイはこんな声じゃない。
確かに普段から丁寧なしゃべり方だけど、こんなにガラガラ声の山羊がいるもんか。
「ホントに。おかげて足は挫くし、おいらも散々ですよ。ふぅ……」
どこの狼だか知らないが、何となくヒトの良さそうな相手だったので、ガブは愛想良く囁いた。
と言っても、風邪を引いたのか、かなりのしゃがれ声になっていたが。

「あの、どちらにお住まいで?」
メイは訊ねた。
このみどりのもりに住み始めてしばらく経つが、                                                ここで山羊に出会うのは初めてだったからだ。
「へぇ。おいらはこのみどりのもりに住んでやすよ。                                                 普段はそこの丘を越えた先辺りで仲間と一緒に居るんでやんすが……」
仲間とは、もちろんメイのことであるが、
「へえ、そうなんですか。私もそっちの方に住んでいるんですよ。                                         もしかしたら、知らず知らずに擦れ違っているのかも知れませんね」
メイはすっかり、ヤギの群れがこのみどりのもりに居るのだと思い込む。
「そちらも、お仲間と御一緒で?」
ガブの方も、ここへ来て初めて出会う狼に、興味津津だ。
鼻さえ利けば、相手の匂いを覚えて後で探せるのに……。
「えぇ。とても楽しく暮らしていますよ」
しかし、メイはハッと気付いた。
楽しく暮らしていると言っても、相手はガブ。
後で会いたいだなんて言われたらどうしよう。
メイは口を開こうとするが、先にガブが口を出した。
「そうでやすか。そのお仲間は、イイ狼でやすか?」
メイは驚いて、すぐに言葉が出なかった。
何でこのヒト、私がガブと暮らしているのを、知っているんだ?
相手が黙っているのを気に掛けて、ガブは慌てて加えた。
「ああっ、いえね、別に変な意味で訊いたんじゃねぇんで。                                           その、つまり、お仲間はどんな方なのかな、と思って……」
そうか。メイは思った。
狼と山羊が一緒に暮らして居るんだもの。
噂が広まるのも当たり前か。
その光景を見たヒトは、決まって私に言うんだ。
狼って怖くない?あなたは大丈夫なの?食べられそうになったことある?
みんな、山羊である私を心配する。
そんなのはもう慣れたこと。
私は必ずこう言うんだ。
「えぇ。あの狼は、とても優しいですよ」
「そうでやすか。そりゃあ良かった」
あ、この山羊、狼が優しいって言っても驚かないや!
メイは嬉しくなって、微笑混じりに続けた。
「でもね、その狼は、ちょっと変なところもあってね」
「変なところ?」
「えぇ。あれでいて結構臆病で、崖を跳ぶことが出来なかったりとか、なのにすごく見栄っ張りで。                      それにとてもお人好しで狼らしくない奴なんですよ。アハハ」
なんだか、自分に当てはまることばかりじゃないか。
ガブは、話を聞いているうちに、心臓がドキドキしてきた。
メイも、自分のことをこんな風に思っているんじゃないか、なんてつい不安になってしまう。
「でも、とても頼りがいがあって、頑張り屋さんなんですよ」
ガブはホッと胸を撫で下ろした。
「そうでやすか。そりゃあ素敵なお仲間だ」
「えぇ、そうなんです。そんなこと言って下さったの、あなたが初めてですよ」
メイは胸を弾ませた。
興奮気味に鼻をヒクヒクさせながら(風邪のせいかも知れないが……)、                                   メイは詰まる声を咳で通して続けた。
「あなたのお仲間は、イイ山羊さんですか?」
ガブは驚いて、すぐに言葉が出なかった。
何でこいつ、おいらがメイと暮らしているのを、知っているんだ?
相手が黙っているのを気に掛けて、メイは慌てて加えた。
「ああっ、別に仲間の狼を連れて行こうなどとは、もちろん考えていませんよ!?
ただ、あの、お仲間はどんな方なのかな、と思って……」
そうか。ガブは思った。
狼と山羊が一緒に暮らして居るんだもの。
噂が広まるのも当たり前か。
その光景を見た奴は、決まっておいらに言うんだ。
腹が減った時はどうするんだ?狩りはひとりで出来るのか?山羊を食べたくなったことある?
みんな、狼であるおいらを心配する。
そんなのはもう慣れたこと。
おいらは必ずこう言うんだ。
「おう。あの山羊は、とてもイイ奴でやんすよ」
「そうですか。そりゃあ良かった」
あ、この狼、山羊がイイ奴って言っても驚かないや!
ガブは嬉しくなって、微笑混じりに続けた。
「でもね、その山羊は、ちょっと変なところもあってね」
「変なところ?」
「うん。あれでいて結構強気で、恐い物知らずだったりとか、なのにすごく寂しがり屋で。                      それにとても天然ボケーで、脳天気な奴なんですよぉ。テヘヘ」
なんだか、自分に当てはまることばかりじゃないか。
メイは、話を聞いているうちに、心臓がドキドキしてきた。
ガブも、自分のことをこんな風に思っているんじゃないか、なんてつい不安になってしまう。
「でも、一緒にいるとすごく心強くて、楽しい奴なんでやんすよ」
メイはホッと胸を撫で下ろした。
「そうでやすか。そりゃあ素敵なお仲間だ」
「へへ、そうなんす。そんなこと言って下すったの、あんたが初めてでやすよ」
ガブは胸を弾ませた。
興奮気味に鼻をヒクヒクさせながら(風邪のせいかも知れないが……)、                                  ガブは詰まる声を咳で通した。

「おや。もう雨が止んだみたいっすね」
「うん?ホントだ」
雲の切れ間にほんのわずかだが、星すら出てきた。
「それじゃあそろそろ」
「そうっすね、あっ、いつつ……」
「どうしました?」
「いや、ここへ来る時にちょっと足をね。お先にどうぞ」
「そうですか。じゃあ、気をつけて。"あら……"」
「さいなら、"あら……"」
おっと危ない、と二匹はそろって口を押さえた。
親友との秘密の合言葉を、危うく言ってしまうところだったから。

さっきまで荒れ狂っていた嵐が嘘の様に、爽やかな風がふわりと吹いた。
「さて、ガブに土産話が出来たぞ。                                                      素敵なお友達ができたんだよって、早く帰って話してあげよう!」
と、メイ。

「おや、なんだ、足がすっかり良くなってら。                                                   よーし、今日できた友達のことを、早くメイに話してやろう!」
と、ガブ。
夜明け前の静かな闇の中を、同じ場所へと足を運ぶ二つの影。
この後、あの丘の向こうで何が起こるのか。木の葉の滴をきらめかせ、ちょっぴ
り顔を出してきた朝日にも、そんな事、分かるはずも無い。



おわり

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